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610 愛宕神社(あたごじんじゃ)

鎮座地:福津市上西郷2035-1
     (旧福間町大字上西郷字ダンノハル) 
行政区:上西郷区
祭神 加具士神(かぐつちのかみ)
神仏習合の時代に本地(ほんじ)・勝軍地蔵尊(しょうぐんじぞうそん)脇侍として不動明王・毘沙門天を祀る。
祭・行事 2月24日 春祭り
7月14日 夏祭り
10月24日 秋祭り
由緒 (由緒)昔は太郎坊愛宕大権現と号した。
(縁起)天文22年(1553)9月、宗像家臣・小田(旧姓吉田)善左衛尉氏勝の創建。江戸時代中期元禄15年(1702)その子孫久兵衛、一子を真言修験とし、以来代々小田(現織田)によって祭祀されている。(愛宕神社・略縁起)
境内社 日田神社 祭神:大日霊神(おおひるめのかみ「天照大神」)
多賀神社 祭神:伊弉諾命(いざなぎのみこと)
疫神社 祭神:八十枉津日神(やそまがつひのかみ)
貴船社 祭神:闇龗神(くらおかみのかみ)
文献 【筑前国続風土記拾遺】に「枝郷團原に在。宗像家臣吉田小太郎秀時と云者(後改名して小田善左衛門と云。)天正20年はじめて此処を開き、家居せり。此時宅の側に勝軍地蔵堂を建立せしが、元禄15年に秀時が遠孫愛宕神社を造立し、真言の修験者となりて奉祀せり。」と記載。
コメント 神社のお隣り、織田様の話によると、
前の県道拡張工事の際、日吉神社への合祀の案が出たが、古い由緒ある神社のため取止めになり、現地のまま改築をした。昔は20数軒あったが、現在は4軒でお守りをしている。神社の祭祀については、以前は祖父(織田盛次氏)の兄岩崎和三氏がしていたが、現在は大森宮の伊東宮司により執り行われている。7月14日の夏祭りには”おこもり”と称して各家で作った煮染めを持寄り、お宮で伊東宮司等と一緒に食していたが、現在はお弁当で代用している。

(旦の原の井戸)旦の原は唐津街道の要衡にあり乍ら、飲料水に乏しく、旅人は困窮していた。当処は宗像、粕屋の境界にあり、宗像側は内殿上西郷の2村、粕屋側は小野(薦野)筵内の2村に分かれていたが、2郡4村と行政区域は異なっていても農家をまじえた24、5戸の住民は、一村同様の連帯意識があった。旦の原の伊東忠平は出福の折、立寄る宗像の大庄屋石松林平に懇請し、大庄屋の大英断により郡費を以って文久2年(1862)秋起工し、翌3年竣工した。両郡内からの尽力は多大であった。これを「2郡4村に井戸ひとつ」と言う。永久に記念するため石碑が建立された。
絵馬 なし
文化財等 なし

神社正面
境内社