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| 609 | 日吉神社(ひよしじんじゃ) |
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鎮座地:福津市内殿125 |
| (旧福間町大字内殿字笑尺) | |
| 行政区:内殿区 | |
| 祭神 | 宗像三柱神 田心姫神(たごりひめのかみ)、湍津姫神(たぎつひめのかみ)、 市杵島姫神(いちきしまひめのかみ) | |
| 建御名方命(たけみなかたのみこと) | ||
| 天津彦根命(あまつひこねのみこと) | ||
| 正哉吾勝命(まさかあかつのみこと) | ||
| 素盞嗚命(すさのおのみこと) | ||
| 熊野樟日命(くまのくすびのみこと 「伊弉冉命」) | ||
| 天穂日命(あまのほひのみこと) | ||
| 大己貴命(おおなむちのみこと) | ||
| 活津彦根命(いくつひこねのみこと) | ||
| 祭・行事 | 1月1日 | 元旦祭 (現在は直近の日曜日に行なわれる) |
| 5月7日 | 初卯の日祭 ( 〃 ) | |
| 7月16日 | 祇園祭 ( 〃 ) | |
| 7月23日 | 通切祭 ( 〃 ) | |
| 8月27日 | 風止祭 ( 〃 ) | |
| 9月24日 | 川神祭 ( 〃 ) | |
| 10月22日 | 宮座祭 ( 〃 ) | |
| 12月17日 | 厄神祭 ( 〃 ) |
| 由緒 | 当社は、宗像七十五社の一つ也。宗像末社記に十所王子社と有。往古は村の北、樽木と云処に鎮座成しが、其旧跡残れり。慶長年間(1596~1614)黒田家より営繕有し由。又享保年間(1716~1735)に十所王子の号を改、山王神社と称す。明治一新に付、山王の号を改め。日吉神社と改称す。明治五年十一月三日村社に被定。 |
| 境内社 | 須賀神社 | 祭神:素盞嗚命(すさのおのみこと) 由緒:宗像末社記に猿王子大明神と有り。則百八神の一つ也。此社の事成べし。 |
| 天満社 | 祭神:菅原神(すがはらのかみ) | |
| 貴殿社 | 祭神:大己貴命(おおなむちのみこと) | |
| 疫神社 | 祭神:八十枉津日神(やそまがつひのかみ) 神直日神(かむなおひのかみ) |
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| 貴船神社 | 高龗神(たかおかみのかみ)、闇龗神(くらおかみのかみ) | |
| 福地神社 | 保食神(うけもちのかみ) | |
| 厳島神社 | 市杵嶋姫命(いちきしまひめのみこと) |
| 文献 | 【筑前国続風土記】に「十社王子大明神有。国常立尊(くにとこたち)、大己貴命、神皇魂尊(かんむすび)正哉吾勝尊、国狭槌尊、伊弉冊命、瓊々杵尊、此外三神は神名詳ならずと云。又猿王子有。是猿田彦なりと云。九月十八日祭礼有。」と記載。 【筑前国続風土記附録】に「産神也。祭る所田心姫命、湍津姫命、市杵島姫命、正哉吾勝尊、天津彦根命、櫲樟日命、天穂日命、活津彦根命、素盞嗚尊、建御名方命也。然るに本編には、国常立尊、大己貴命、神皇魂尊、正哉吾勝尊。国狭槌尊、伊弉冊尊、瓊々杵尊七神にて、三神は神名未詳ならす、又申王子あり、猿田彦命なりと記せり。今十社の神名。前に記すがごとし。申王子は大己貴命、猿田彦命二神を祭るといふ。かく異同あるを問ふといへ共、社司詳にせす。いふかしき事にこそ。(後略)」と記載。 【筑前国続風土記拾遺】に「笑尺に在。闔村の産神にて、宗像七十五社の其一なり。宗像宮末社記に、十所王子社、正月朔日節供神事、三月三日節供神事、5月5日節供神事、七月七日節供神事、九月九日節供神事と有。今は九月十八日祭礼流鏑馬有。所祭神異説区々にして定かたし。(中略)此村始は官道の北上西郷村の近き辺にありしを、近古人家を本村に移す時、此社をも此地に遷座ならしむといふ。(其舊跡今も古内殿にあり。民家も六戸あり。さて享保年中に、十社の号を改て今は山王神社と称す。)唐鑑壱面、晶玉(径八分)一顆ありて、神寳とす。何の時誰人の納しといふ事をしらす。慶長年中再建の棟札あり。」と記載。 |
| コメント | 当社には、「内殿邑供日祭宮座帳(長月18日同17日)祭之」とある。横38cm縦12.5cmの長帳で、9月17日寛永17年(1640)、儀右衛門から始まり、大正9年(1920)石田竹次郎で終わっている。約280年間連綿と続いてきた日吉神社の秋祭りの座元名付帳が残されている。又境内は広く銀杏、花梨、楠、楢、杉などの古樹名木に囲まれている。 |
| 絵馬 | 「忠臣蔵図」 104.5×145 安政5年(1858) 「黒田二十五騎図」 144×78 慶応3年(1867) |
| 文化財等 |
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| 神社正面 | 絵馬 | 境内社 |