109 波折神社

鎮座地  福津市(大字)津屋崎 (字)古小路
津屋崎山笠で有名。

祭神 住吉大神(すみのえおおかみ)
瀬織津姫神(せおりつひめのかみ)
志賀大神
菅原道真(すがわらのみちざね)
保食神(うけもちのかみ)
祭礼
1月19日 宮座(各組の座元の家で神事)
2月3日 節分厄除祭
7月19日に近い日曜日 祇園祭(山笠)
7月29日 夏越(なごし)祭(神事)
10月9日 オクンチ(神幸祭)
由緒
伝えによれば、神功皇后が三韓から凱陣した時、住吉大神、瀬織津姫神、志賀大神の三神が鼓島に現れたので、この海辺に造った神籬(*)の跡がある。
その昔,3漁師が沖で時化に遭い,神に祈ったところ,三神が現れ荒波を鎮めた,と伝えられている。

境内社 須賀神社 素盞嗚尊(すさのおのみこと 稲荷社 宇賀御魂神(うがみたまのかみ).
佐磯社 直日神(なおびのかみ 竈殿社 澳津彦神(おきつひこのかみ)
秋葉社 迦具土神(かぐつちのかみ) 澳津姫神 (おきつひめのかみ)
六野社 不詳 保食社 保食神(うけもちのかみ)
恵比須社 事代主神(ことしろぬしのかみ)
文献 【筑前國續風土記付録】波折宮、
産神也。祭る所住吉大神、志賀明神、貴船神なり。社家に説に、神功皇后を祭り給ひし所なりといふ。或云。古しへ此浦の漁夫3人、海岸に出てゝ釣りせしに、俄に風起りて浪高く、船覆らんとす。時に漁夫風難を凌ん事をいのりけるに、海中より三神出現し、護助し給ひ、浪花(なみ)を折りて(折とは凌といへる意なるべし)、やうやう鼓嶋に漂着し、風波の穏かなるを待けり。時にまた神出現し給ひ、飢を救ひ給ふ。かくて其神は立さり給ひぬ。其跡に船中に三つの霊石を得たり。漁夫等奇異の思ひをなし、捧持して神体とあがめ、社を建て齋きまつれり。因て波折宮と号すとなん。社内に恵比須社、荒神社あり。又此境内に祇園社あり。正徳2年博多より勧請せり。年毎に6月19日に山車(やまかさ)を3本造りて、社前に舁さゝけ、坊中舁もてありく、此日は近村より詣て来るもの多し。
【筑前國續風土記拾遺】浪折神社
津屋崎乾崎に在。(又小姓町。)浦村濱闠郷の産神也。所神住吉明神、志賀明神、貴布彌明神也。祭礼9月18日、社家の説に、古昔此浦の漁父3人、海洋に出て釣せしに、俄に風起り浪高く、船巳に覆らんとす。(中略)因浪折神と号すとなん。奉祀は此浦の巫女なり。社内に蛭子社、荒神社、鷺大明神、稲荷社、秋葉社有。また祇園社あり。正徳4年にここに勧請す。(以下略)
【福岡県地理全誌】
浪折神社初めは浦の西2町川原崎と云う所にあり。建保6年辛巳此地に遷すと云。末社10、西宮神社、寵神社(共に上本町)、佐儀神社、稲荷神社、秋葉神社、六野神社、菅原神社、須賀神社、恵比須神社、(共に社地)
此社に文政7年11月青柳種信の書ける縁起あり。合祀社菅原神社、天満神社に関する文献を左に記す。
【筑前國續風土記付録】海士守天満宮(本町) 村民伝るは、菅公太宰府へ赴せ給ふ時、此所の海上を通させ給ふころ、雨頻りに降りて、御船の篝り火消ぬ。此時洋中に篝火を焼て、釣を垂るもの有。共奉の人々其舟に火を乞ければ、漁夫火をまいらせける。其志を感し給ひ、蓑笠を賜りぬ。かくて菅公神とならせ給ひし後、漁夫神恩を感戴し、賜を神体として、社を立、海士守天満宮と崇敬せるとそ。
【筑前國續風土記拾遺】海士守天満宮 (略)
【筑前國續風土記付録】火乞天満宮 寛永3年海士守天満を勧請すといふ。境内に夷社、稲荷社あり。
【筑前國續風土記拾遺】火乞天満宮 新町に在。(以下略)
絵馬
神功皇后伝説、三十六歌仙等 59点
 津屋崎郷土史会作成 絵馬アルバム、CD
文化財等
コメント
その他 神籬ひもろぎ、または「ひぼろぎ」、 祭りなどの際に、周囲に榊、常磐木(ときわぎ)を植えて神座とした場所

波折神社縁記