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705 龗神社(うがみじんじゃ) (八龍神社)

鎮座地:福津市福間南4丁目1-3
     (旧福間町字八竜)
行政区:原町一区
祭神 事代主神(ことしろぬしのかみ)
高龗神(たかおかみのかみ)
伊弉那岐神(いざなぎのかみ)
祭・行事 1月1日 新年祭
9月29日 風止祭 
8月28日にしていたが、現在は人が集まりやすい8月最後の日曜日としている。
10月10日 恵比須宮座(秋祭り)
由緒 往時蓑生郷三百町の宗社大森宮の枝社にて、福間町岡部地域の氏神なり。当社は往古より西郷川河口福間の浦を見晴かす斯の八龍の里に鎮座、八龍様と称号し農耕を営む下西郷地域住民の五穀豊穣悲願の為め龍神高龗之神を主祭神とし奉斉勧請せり。即ち天雨を司り、地に豊かな濡をもたらす。天佑を仰ぎ以て尊崇し奉れり。殊に大干抜時には村中こぞり当社に籠り熱祷を捧げ奉れば惣ち龍神現れ雲を呼び篠つく雨を降らし、西郷川の河水増し近在田畑に水を充たし、災害より援ひ給いし霊験顕著なるを古老言い伝へたり【龗神社御由緒】

安政5年(1858) 2月再建、明治15年5月16日村社に被定、昭和9年4月5日神饌帛料共進神社指定。【宗像郡誌上編】
境内社
蛭子社 祭神:事代主神(ことしろぬしのかみ) 
明治35年3月28日許可を受け境内八幡神社稲荷神社を廃止し、祭神は本社に合祀する。
八幡社 応神天皇(おうじんてんのう)
稲荷神社 保食神(うけもちのかみ)
文献 【筑陽記】に「下西郷村(略)八大龍王社 香葉ニアリ」と記載。
【筑前国続風土記附録】に「下西郷神社 神殿方一間 拝殿二間三間。祭礼九月廿九日 石鳥居一基、奉納 伊藤伊賀。 林中にあり。産神也。宝暦二年上西郷村より勧請せり。八王子神相殿にあり。地主神也。」と記載。
【筑前国続風土記拾遺】に「八大龍王社 村の南林中にあり。当村の産神也。所祭伊弉冊尊、高龗神、事代主命なり。鎮座の年歴詳ならず。九月廿八日祭礼有。上西郷村の伊東氏奉祀す。」と記載。

【通俗福間史】に「(略)古老口碑に曰く 昔此処は蓑生濱と云ひ海濱にして潮の干満をなす。海中に丘ありて此処も龍神鎮座の宮所と申し、後に御社を建築し村民氏神と尊敬す、と。(祭神)を奉祀し八大龍王と称せしが維新の際 佛語を以て社号とせるは相改むべしとの達示ありしを以て 龗神社と改称するに至る。
(略)宗像神社記に宗像百八神中に龍王社とあるは比の社の事なり、と。」と記載。
【福間町史明治編】
【福間町史通史】
コメント 社殿の後が神殿
第一鳥居は大正元年に、第二鳥居は天明六年(1786)に建設。狛犬1対が、社殿の前に在り、右のに「慶応四年戌辰正月吉日」、左のに「井原正三興保・井原次右衛門興共」と記さる。社殿左に名前不明の境内社在り。「天明六丙午年」と記さる。社殿右に土俵がある。3年位前まで子ども相撲をしていた。「九州場所前夜祭子供相撲・横綱土俵入」の記念碑がある。
絵馬 春帰筆 武者図 慶応元年(1865) 八幡縁起絵馬 明治3年(1870)
文化財等 男坐像2体 伊弉那岐神(坐高31.4)高雨竜之神(32.4)
狛犬一対 吉村正右衛門 安政6年(1859)5月


境内社 龗神社御由緒 鳥居の扁額に龗神社とある