306 金刀比羅神社

鎮座地 福津市(大字)在自 (字)平原

大澄家の先祖が,天蓋山山頂の祠に,讃州の金刀比羅神社の神を勧請,明治44年、唐坊八幡神社、牧口神社を合併して村社になった。
祭神 大物主神(おおものぬしのかみ)
応神天皇(おうじんてんのう)
仁徳天皇(にんとくてんのう)
神功皇后(じんぐうこうごう)
大己貴神(おおなむちのかみ)
少彦名命(すくなひこなのみこと)
大海見津美命(おおわたつみのみこと)
祭礼
6月田植え終了後 サナボリ
9月上旬 貴船様(現在は行なわれていない)
9月9日 在自放生会
10月10日 御座、モチアゲ座
1月15日、11月3日 くみあい祭り

2006年9月9日 放生会
由緒 古老の伝えによると、讃岐国より天蓋山に分霊したとあるが、勧請年号は不詳である。正徳2年(1712)に平原に遷宮した。
祭神応神天皇・仁徳天皇・神功皇后は字観音谷村社八幡神社、祭神大己貴神・少彦名命・大海見津美命は字裏谷村社牧口神社として祭祀していたものを明治44年6月21日合併し、社号金刀比羅神社と改称許可。村社八幡神社境内八幡神社は祭神同一につき合併と同時に合霊した。

境内社 須賀神社 素盞嗚尊
貴船神社 高龗神(たかおかみのかみ)闇龗神(くらおかみのかみ)
保食神社 宇計母知神
祀神社 唐坊八幡宮 神功皇后  
牧口明神社 天児屋根命 
文献 【筑前國續風土記付録】在自村
金毘羅社 昔は天蓋山の頂に叢祠あり。神名詳ならす。晴をいのり、雨を乞ひ、牛馬の災難を免れ、無事を祈願すれば、其応ありしとなり。宝永年中修験僧一楽院元海、拝殿を造立す。其子大澄享保初、讃州象頭山にて詣て、金毘羅の神を勧請せり。寛延之比、大澄の子秀関今の所に遷し、神社拝殿新たに造り、石鳥居を立て、頗壮麗をせり。毎年8月9日の夜は、津屋崎村の海浜迄神幸ありとそ。社前より海上の遠望殊に勝れり。
【筑前國續風土記拾遺】金毘羅社
大在自村に在(中略)霊験ありとて、常に参詣の人絶えす。(後略)
【筑前國續風土記付録】唐坊八幡宮
新町三十戸の産神也。いにしへは唐坊に鎮座し給ひしを、延宝元年いまの大在自に遷し奉りぬ。祭る所神功皇后也。御母子一体の儀にて、八幡宮と称すといへり。
【筑前國續風土記拾遺】唐坊八幡宮 

大在自にあり。本村の産神也。古は唐坊(柳の宿の一名)に鎮座有し故、今は唐坊八幡といふ。(中略)この社は宗像七十五社の内、柳牟田社とあるは是なるべし。当所の巫女奉祀す。
【筑前國續風土記付録】在自村
牧口明神社 在自四十戸の産霊なり。祭る所天児屋根命鎮座の年歴伝ふる事なし。
【筑前國續風土記拾遺】牧口明神社
裏ノ谷に在。此処及椎浦の産神也。(以下略)
絵馬 海難図など88点
津屋崎郷土史会 絵馬アルバム、CD
文化財他
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その他
金毘羅神社御旅所  
祭神 大物主神 (大字)津屋崎(字)新川端
創建年月不詳なれども、本郡宮司村大字在自に鎮座ある金毘羅神を爰に奉迎して、社殿を設けたりと云。


金刀比羅神社スライド
金刀比羅神社御旅所 唐坊八幡宮