208 縫殿神社

鎮座地  福津市(大字)奴山 (字)大明神嶽
着物や織物の神様。毎年9月13日に神輿行列。地元では奴山放生会と呼ぶ。

祭神 大歳神(おおとしのかみ)
応神天皇(おうじんてんのう)
神功皇后(じんぐうこうごう)
工女兄媛(えひめ)、弟媛(おとひめ)、呉織(くれはとり)、穴織(あやはとり)
祭礼
1月1日 歳旦祭
1月10日 宮座
8月28日 風鎮祭
9月13日 神幸祭(奴山放生会)
10月5日 宮座、右宮祭、川棚祭
12月初丑の日 牛祭り
由緒

日本書紀応神天皇37年春2月戌午朔、都加使主両人を呉に遣し、縫女を求む。是に於て呉王則兄媛弟媛呉媛穴織の4女を送る。同41年春2月阿知使主等、呉より帰る。筑紫国御使君之祖也とあり。同雄略天皇の御世8年に、身狭村主青と檜の隈の民使博徳とを呉に遣し、10年に帰朝す。
12年に呉に遣はし、14年に呉使と共に帰朝す。此時呉より献する手末才伎漢織呉織及衣縫呉媛弟媛等を将て帰朝ともあり。社の巽の方に縫殿田と云へる田地あり。側に社ありしを、天明2年丑9月灰燼す。其翌年の春、今の地に遷座なし奉る。明治5113日村社に被定。例祭11日、813日、928日。

境内社 大明神社 迦具槌神 神名及鎮座年月不詳
菅原神社 菅原神 安政3年勧請
須賀神社 素盞嗚尊 櫛稲田姫尊 明和年間村内疫病流行。両神に病退除。
大日霊神社 天照大神、高龗神(たかおかみのかみ)闇龗神(くらおかみのかみ)  
文献 【筑前國續風土記】縫殿大明神
怒山村に在。宗像神事帳にも有。里民の言伝るには、昔神功皇后新羅を征し給ふ時、舟の帆を縫し神なりと云。今其神名について思ふに、是兄媛を祭れる神■、いぶかし。兄媛の事は、宗像三社の所に日本紀を引いて記せり。
【筑前國續風土記付録】奴山村
本編に見えたり。村の東3町余、山の半腹にあり。彦火々出見尊、鷦鷯草葺合尊二神を祭るといふ。田嶋の社伝には、建葉槌命を祭れりとあり。いふかし。鎮座の年歴詳ならす。社内に天満宮、祇園の石祠あり。此社に大般若経の写本を蔵めり。全本にはあらす。巻末に比丘明居士正忍、二階堂丹後次郎藤原憲廣と記せり。比丘明とは北条時頼の事なりといふ。この経巻は雲州美保明神の社にありしが、羽高といふ僧、持ち来りて、此社に寄附せしといふ。いかなる故に爰に納めしにや、いぶかし。又英享12年宗像大宮司氏俊寄進の撞鐘一口あり。
【筑前國續風土記拾遺】縫殿神社
(前略)此社に写本あり、今存する所400巻に充たす。当昔は全本600巻、筆者8人なり。(中略)また撞鐘一口あり。高2尺5寸、径4寸、厚1寸5分有。この鐘乱世に地中に埋みて、知る人なかりしに、元禄10年正月9日当村の農民孫九郎といふ者の、夢中に神宣ありて、湯裏いとふ所の、圃中の楝木の下より掘り出して、当社にかへし納む。銘日(略)

絵馬
文化財 梵鐘 永享12年(1440)鋳造  県指定有形文化(宗像大社神宝館に展示)
絵馬 三十六歌仙絵扁額(江戸中期)、
大般若経600巻(南北朝)
その他


縫殿神社神殿 縫殿神社-23号墳の鳥居 新原縫殿宮
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