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702 貴船神社(きふねじんじゃ)

鎮座地:福津市福間南1丁目21-38             
     (旧福間町字四郎丸)
行政区:両谷区
祭神

虚空蔵菩薩(こくぞうぼさつ、本尊、13仏の最後の神)社殿内の丸い石。頭が良くなる神様として祀る。
愛染明王 (あいぜんみょうおう、脇侍)社殿内の長い石

祭・行事 4月15日 おこもり
昭和41年以前は神社の周囲が竹薮だったので、朝は男が出て竹壁を作り、酒、米、塩、鯛、野菜、果物等を供え、大森宮の神主に御祓いをしてもらい、昼からは女の人が、バラ寿司や煮〆を持ち寄っておこもりをした。家回しでした時もあった。
神社を再建(昭和60年)してからは、午前中の社殿での御払いは男が出、昼からは、女の人がお弁当を取り、社殿でしている。おこもりや、月1ぺんの掃除は楽しみである。役員は、1年交代。

由緒

不詳
昔は、個人で祀っていたが、今は四郎丸の池浦姓10軒で祀っている。

境内社 なし
文献
コメント

現在地にあった1間半位の神社が傷んだので、昭和41年12月12日両谷公民館裏の須賀神社左側に石祠を造ってご神体を一旦移し、昭和43年4月5日、再び現在地に移した。社殿の完成は昭和60年4月14日。須賀神社の左に、今も空の石祠が残っている。虚空蔵菩薩は頭が良くなる神様なので、親は子どもに、神社で勉強してくるようにとうながした。

【口碑四郎丸部落史(昭和45年、池浦隆平著)】が、池浦姓の各家に保存されている。これによると、延宝2年(1674)井手ノ上又左衛(氏)が始まりとなっている。又、寛永7年(1630)からの土地家屋の売渡証、寺子屋の掟文、立華道説の証文等の一欄表、家系図等も記載されている。
尚、井手ノ上又左衛(氏)については、【福間町史明治篇】に、「池浦宗孔(井手ノ上又左衛門)は貧乏であったが、(中略)。訳あって、さる蓑笠を朝夕拝み、その功徳により家運が隆盛に趣き、その後、代々池浦作平となり、何不自由なく暮らすようようになった(要約)。」とある。
昔は、池浦姓の集落から「ヤシロサマの道」を通り、神社の後方右に出た。

絵馬 なし
文化財等 なし


ヤシロサマの道に続く石段 貴舟神社建設概要